18時間
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気がつけば、訪問診療に携わるようになって40年近くになります。
屋島の山頂から見渡す瀬戸内の海。のどかな田園地帯の先にある集落。これまで本当にたくさんの患者さんのもとへ足を運んできました。
私は昔から往診が好きです。
車を走らせながら四季折々の風景を眺めるのも好きですが、それ以上に、患者さんの暮らしの中で診療できることに大きな魅力を感じています。
外来診療では限られた時間の中で診察を行います。もちろん大切な時間ですが、その方がどんな家で暮らし、どんな景色を見ながら毎日を過ごし、どんな家族に囲まれているのかまではなかなか見えてきません。
一方、訪問診療では生活の空気感があります。
患者さんの表情や言葉の端端から、その人らしさが伝わってきます。病気だけでなく、その人の人生そのものに少し触れられる。だから私は訪問診療が好きのだと思います。
先日まで、ある患者さんの訪問診療を担当していました。
その方は私より何年も先輩にあたる医師でした。勉強熱心で人格者としても知られ、多くの医師から尊敬を集めていた先生です。私自身も以前から敬意を抱いていました。
ちょうど1年前、知り合いの先生より1本の電話をいただきました。
「先生が、希少がんになりました。訪問診療を引き受けてくれませんか?」
突然のお話でした。
二つ返事でお引き受けしたものの、たくさんの患者さんは診てきたのですが、その先生を診療することには少なからず緊張を覚えました。
数日後、ご自宅へ伺い、病状についてお聞きしました。
胸腺癌が両肺に転移しており、手術は難しい状態でした。化学療法を続けながら、県内の基幹病院で定期的な診療と緩和ケアを受けているとのことでした。
しかし初めてお会いした時、その姿からは重い病気を抱えていることを感じさせないほどの明るさがありました。
診療よりも世間話の方が長くなり、1時間ほど語り合って帰ったことを今でも覚えています。
当初は、治療も一定の効果を示し、腫瘍も縮小傾向にありました。
ところが晩秋頃になると、徐々に病状が進行し、今年に入ってからは原発巣の悪化、腰椎への転移も認められ、放射線治療も受けることになりました。
肺病変の影響で咳発作がひどくなり、咳き込まれるたびに奥様がそっと背中をさすっておられました。
医学的には背中をさすることで咳が止まるわけではありません。
それでも、その姿には不思議な力がありました。
長い人生を共に歩んできたご夫婦だからこそのやさしさと絆がそこにはありました。
癌性疼痛、咳発作、呼吸困難、明日がわからない不安感。
日々の介護は決して楽なものではなかったと思います。
奥様は弱音を吐くことなく懸命に支え続けておられました。
病状は非情にも進み、疼痛緩和のため麻薬製剤を使用し、在宅酸素療法も導入しました。
それでも先生は最後まで穏やかでした。
5月に入ってからは、毎週日曜日に1時間ほどお話しするのが習慣になりました。
病気のこと。
これまでの人生のこと。
御家族のこと。
そしてこれからのこと。
医師と患者という関係を超え、一人の人生の先輩として、多くのことを教えて頂いた時間だったように思います。
病気が見つかってから亡くなられるまで、およそ1年半。
その大半をご自宅で過ごされました。
御本人の願いは,「できるだけ家で過ごしたい.」というものでした。
そして最後の入院は、わずか18時間でした。入院後はモルヒネの点滴を行い穏やかに逝かれたようです。
その願いは叶えられました。
御本人も、御家族も、そして私も、その時間を共に過ごせたことに深い満足を感じています。
訪問診療を続けていると、患者さんから学ばせていただくことがたくさんあります。
この先生との出会いも、私の人生や医師としての在り方に大きな影響を与えてくれました。
病気を治すことだけが医療ではありません。
その人らしく生きることを支え、御家族の思いに寄り添い、人生の最終章を共に歩むこともまた医療です。
これからも一人一人の患者さんととご家族の願いに耳を傾けながら、全力で支えていきたいと思います。
最後に奥さま、上田裕先生、小西治子先生、訪問看護ステーションなごみのスタッフ、きむら内科呼吸器内科クリニックのスタッフの皆様に感謝申し上げます。




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